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福島地方裁判所郡山支部 昭和45年(ワ)124号 判決 1973年1月30日

原告

嘉納啓子

ほか二名

被告

千木崎直司

郡山市一名

主文

一  被告千木崎直司は、

(1)  原告嘉納啓子に対し、金二一万六五一五円、

(2)  同嘉納明雄に対し、金一三万円、

(3)  同嘉納祥子に対し、金七万円、

ならびに、右各金員につき、昭和四五年四月三〇日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員の各支払をせよ。

二  原告らの被告千木崎直司に対するその余の各請求、ならびに被告郡山市に対する各請求は、いずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、各原告らと被告郡山市との間において生じた部分は、いずれも各原告らの負担とし、また各原告らと被告千木崎直司との間において生じた部分は、それぞれこれを五分し、その四を当該原告の負担とし、その一を被告千木崎直司の負担とする。

四  原告らの被告千木崎直司に対する各請求のうち、各原告らの勝訴部分に限り、いずれも仮りに執行することができる。

事実

第一(当事者双方の申立)

(一)  原告

被告らは連帯して、

(1)  原告嘉納啓子に対し、金二一万九、六四五円

(2)  原告嘉納明雄に対し、金一五万円

(3)  原告嘉納祥子に対し、金一〇万円

ならびに、それぞれ右金員に対する訴状が各被告に送達された日の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決、ならびに仮執行宣言

(二)  被告ら

原告らの被告らに対する各請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二(当事者双方の主張)

一  請求原因

(一)  原告啓子は、昭和四二年四月二六日午後四時五〇分頃、郡山市長者一丁目六番一五号県道上を、南側から北側へ横断しようとしてその路上に出た際、被告千木崎は、その所有する自動二輪車(ホンダ九〇CC―郡山市五七六七号―以下単にこの自動車を加害車という)を操縦し、時速約二五キロメートルで進行し来り、右横断中の啓子を約五〇メートル前方で認めたが、同女は幼児であるから、必要な減速をし、もしくは一時停車の措置をとつて、衝突事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、不注意にも漫然無事通過できるものと誤信し、そのまゝ加害車を進行させた過失により、原告啓子に加害車を衝突させ、同女に対し、頭部外傷、両膝関節打撲等の傷害を負わせた。

(二)  被告千木崎は、右過失による不法行為者として民法七〇九条により、もしくは、加害車の所有者でかつ自己のため右自動車を運行の用に供していたものとして、自動車損害賠償保償法(以下単に自賠法と略称する)第三条により、右事故による損害の賠償をなすべき義務がある。

また被告郡山市は、被告千木崎を郡山市立小原田中学校の用務員として雇用する使用者であつて、本件事故当日被告千木崎は郡山市職員互助会へ、郡山市立第一中学校出席者の代理人として出席し、その帰途々中の出来事である。

被告千木崎は、地方公務員として被告郡山市の指揮監督の下に、市立小原田中学校の用務にたずさわり、被告郡山市の事業に従事するものであつて、地方公務員法三五条により右職務に専念する義務があるところ、前記互助会出席は、「郡山市職員の職務に専念する義務の特例に関する条例」(以下この条例を単に特例に関する条例という)二条(2)に定める「厚生に関する計画の実施の範囲に属するもの」にあたるので、上司校長により当日午後一時から五時までは右互助会出席のため、割り振られたものであるから、たとえ午後五時前に右互助会が終了しても、帰宅する等の自由行動は許されず、当然職場に復帰して勤務時限まで職務に専念する義務がある。従つて被用者である被告千木崎が、前記のように互助会出席の帰途起した不法行為については、使用者である被告郡山市は民法七一五条による賠償責任を負わねばならない。

(三)  原告らは、本件事故により次の損害を受けた。

(1) 医療費 金三万〇〇四〇円

原告啓子は、右事故により、昭和四二年五月二一日まで入院治療を受け、その後引き続き通院治療している。被告千木崎は、当初は医療費を支払つていたが、昭和四五年三月一日以降の医療費合計金三万〇〇四〇円の支払をしない。

(2) 付添看護料 金二万二五〇〇円

原告啓子は幼児で、頭部外傷による縫合等をしたので、右入院期間中、昭和四二年四月二六日から同年五月二一日まで、二六日間、付添看護を要した。そこで、母原告祥子及び祖母が交互に付添つて看護した看護料

(3) 諸雑費 金七八〇〇円

原告啓子は、右入院期間二六日間、諸雑費を要した。その諸雑費を一日金三〇〇円として、合計金七八〇〇円

(4) 交通費 金九三〇五円

原告啓子が入院治療中は、父原告明雄、母原告祥子が毎日見舞・看護に通い、また退院後は、異常脳波の検査のために付添看護を要した。その往復に要した交通費。

(ただし昭和四七年七月三〇日までの分)

(5) 今後の治療に要する医療費 金一〇万円

原告啓子は、脳波検査をしたところ、異常脳波がみられ、これを根治しないと、成人になつてからてんかんになる可能性があると診断された。昭和四五年一二月一七日現在、右脳震盪形性の異常脳波を残し、その治癒のため向後二年ないし七年間投薬による治療を継続する必要がある。その治療費として、少くとも金一〇万円を必要とする。

(6) 原告啓子の慰藉料 金二五万円

原告啓子は、本件事故時より脳波に高電位シーター波が群生し、右脳震盪形性異常脳波のため、頭痛、吐気を呈し、現在も瞬間的な意識障害、発作症状を残しており、そのため学校において正確性、安定性を失つている。右治療にはなお継続的な投薬が必要なばかりでなく、右症状が後遺症として残存すれば、いずれはてんかんの症状が表われることが、非常に心配される。その精神的苦痛を慰藉するため金二五万円を請求する。

(7) 原告明雄及び同祥子の各慰藉料 各自金一〇万円

原告明雄は、同啓子の父、同祥子は同啓子の母として、子原告啓子が被告千木崎の右不法行為により、前項のような症状が残り、将来てんかんが起つて女性として役に立たない不安があることを深く悩んでいる。その各自の精神的苦痛を慰藉するためそれぞれ金一〇万円の慰藉料を請求する。

(8) 損益相殺 金二〇万円

原告啓子は、本件事故により被つた損害につき、自賠責保険金の被害者請求をしたところ、同保険福島査定事務所は昭和四六年四月二六日現在で金二八万五九九六円と査定し、そのうち金二〇万円を仮払いとして支払を受けた。

(9) 弁護士費用 金五万円

原告らは右損害につき被告らにその賠償を求めたが、被告らは誠意を示さなかつたので、福島県弁護士会所属弁護士である原告代理人に訴訟委任をし、その着手金五万円を原告明雄が支払つた。

これは本件事故と相当因果関係ある原告明雄の損害であるから、被告らは同原告に対し右金額を賠償すべき義務がある。

(四)  前項の(1)、(2)、(3)、(4)の合計金六万九六四五円は原告明雄において支払つた。そこで(8)の金二〇万円は、まずこの金額に充当し、次に残金一三万〇三五五円は、(6)の原告啓子の慰藉料の一部に充当する。

そこで、被告らは連帯して、原告啓子に対しては金二一万九六四五円、同明雄に対しては金一五万円、同祥子に対しては金一〇万円の各損害賠償をなすべき義務があり、また右各債務はそれぞれ本件訴状が被告らに送達された日の翌日から遅滞におちいつているので、その各金員に対し、同日以降その支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  答弁及び抗弁

被告千木崎

1  請求原因第一項の事実のうち、被告千木崎が原告ら主張の日時場所で加害車を時速二五キロメートルで運転し、進行中、原告啓子と衝突し頭部外傷を負つた事実は認めるが、その余の事実は争う。

2  同第(二)項の事実のうち、被告千木崎が加害車の保有者であること、ならびに被告郡山市に雇われた公務員で、原告主張の互助会へ出席したことの事実は認めるが、その余の事実は争う。

なお、被告千木崎は、当日右互助会の会議が遅くなるかも知れないので、出席前に、会議終了後同所から帰宅してもよいという許可があつた。そこでその許可にもとづき会議終了後帰宅した途中の事故であるから、従つて被告郡山市の業務執行中の事故ではない。

3  同第(三)項の事実のうち、原告啓子がその主張の期間入院したこと、その入院治療費は被告千木崎が支払つたこと、ならびに同原告が幼児であつて、その入院の際、原告祥子が付添つたこと、またその通院の際原告明雄又は同祥子が付添をしたこと、自賠責保険金二〇万円の仮払金を原告らが受領したことの各事実は認めるが、その余の事実は不知、脳波の異常があつたとしてもそれは本件事故と因果関係をもつものではない。

4  同第(四)項の主張は争う。

5  本件事故は、原告啓子が被告千木崎の前方一・五メートルで突然車道に飛び出したために、被告千木崎はこれを避けることができず衝突したもので、被告千木崎には過失がなく、不可抗力による事故であるから、被告千木崎には自賠法三条の責任はない。

6  かりに被告千木崎に過失があるとしても、同被告と原告明雄、同祥子との間には昭和四五年三月一日次の内容の示談ができ、和解が成立した。すなわち、

(イ) 被告千木崎は原告らに対し金一三万円を支払うこととし、内金一〇万円は原告らがさきに日動火災保険株式会社から受領した同額の仮払金をもつてあて、残金三万円は昭和四五年三月三一日限り支払う。

(ロ) 原告啓子が将来本件事故による後遺症のため要した入院治療費については、被告千木崎においてその七〇パーセントを、原告明雄、同祥子においてその残額を各負担する。

(ハ) 本契約は即決和解調書とするものとし、その形式等は原告らにおいて調査する。

というものであつた。

しかるに原告明雄は昭和四五年三月一四日被告千木崎に対し、右和解契約の破棄を申入れてきたために、被告千木崎は残金三万円の支払ができなくなつたが、しかし、右和解契約は存続しているから、被告千木崎の支払債務は金三万円のみである。

7  かりに右和解契約が成立していなかつたとしても、本件事故は、原告啓子が被告千木崎の加害車が進行してくるのを認め、一たん佇立したので、同被告は進行を継続したところ、約七メートルに迫つて原告啓子が突如横断を開始したため避けることができず本件事故が発生したもので、原告啓子に過失があり、その本件事故に寄与する程度は五〇パーセントである。

かりに原告啓子が事故当時幼児のため責任能力がなかつたとしても、本件事故の現場は、交通頻繁な道路であるから、右道路に幼児である原告啓子を放任することは危険である。従つて、母原告祥子は、右道路付近に出た原告啓子を連れ戻すか、もしくは付添つて事故を未然に防ぐべき注意義務があり、原告祥子には幼児である原告啓子に対する監督上の過失があるから、右過失は損害額の算定につき斟酌さるべきものである。よつてその過失相殺を主張する。

被告郡山市

1  請求原因第一項の事実のうち、被告千木崎の過失の点は争う。原告啓子の傷害の部位程度は不知、その余の事実は認める。

2  同第二項の事実のうち、被告千木崎が郡山市立小原田中学校の用務員であること、同被告は、本件事故当日原告主張の用務で、労働会館において開催された郡山市職員互助会総会へ出席、右会議終了後帰宅途中本件事故を起したものであること、の各事実は認めるが、被告郡山市が民法七一五条により賠償責任を負うとの主張は争う。

3  同第三項の事実は、(8)の事実のうち、原告らが自賠責保険金の仮払金として金二〇万円を受領した事実を認める外、その余の事実はすべて争う。

4  被告千木崎の本件事故は、被告郡山市の「事業ノ執行ニ付キ」加えた損害にはあたらない。

民法七一五条の「業務ノ執行ニ付キ」とは、使用者の命令又は委任した事業の執行行為自体か、又は事業の執行と一体不可分の関係にある行為から生じた損害を指すものと解すべきところ、被告千木崎は郡山市立小原田中学校の用務員であつて、その職務は、郡山市教育委員会事務局等組織規則一八条別表一により「上司の命を受け、庁舎又は施設の清掃、書類の送達その他労務に従事する」ことであつた。

しかるに、本件事故は、当日被告千木崎が、労働会館において開催された郡山市職員互助会総会へ出席し、その終了後帰宅の途中起したものである。右互助会は、郡山市職員を以て組織され、会員の相互共済を目的としたものであるにすぎないから、右会へ出席することは、市職員として右に定められた本来の職務ではない。そこで、被告千木崎は特例に関する条例二条により、上司の承認を得て、職務に専念する義務を免除され、互助会へ出席したものであるから、その出席すること自体は公務ではない。のみならず、被告千木崎は事前に上司から、「互助会終了後は学校へ帰らず、そのまま帰宅してもよい」と許可を受けていたので、本件事故の際は、本来の自己の業務に復帰するため帰途についたものではなくて、自宅へ帰る途中本件事故を起したもので、加害車も被告千木崎個人の所有であるから、公務とは全く関係はなく、被告郡山市の業務の執行とは言えない。また一般的外観的にみても、被告郡山市の業務の執行、もしくはそれと一体不可分の関係にあるものとは言えない。

5  仮りに、被告郡山市に損害賠償責任があるとした場合においては、被告千木崎の主張する和解及び過失相殺の主張を抗弁として援用する。

三  抗弁に対する原告らの答弁

1  被告ら主張の和解及び過失相殺の抗弁は、いずれも否認する。

2  原告啓子の父原告明雄、母同祥子は、原告啓子に対し、交通事故に因る被害予防のため、常に具体的な交通教育をほどこし、注意監督をし、原告啓子は本件事故においても、その注意を守つていたものであつて、かつ右事故は全く被告千木崎の過失によるものであるから、原告啓子に過失はなく、原告祥子らにも監督上の不注意はない。

第三証拠〔略〕

理由

一  被告千木崎が原告らの主張する日時場所で、同被告の所有する加害車を運転進行中原告啓子に衝突し、傷害を負わせた事実は、当事者間に争いがない。

二  被告千木崎は右加害車の保有者であることを認めているから、同被告は自賠法三条により、右事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

三  原告らは被告郡山市に対し、民法七一五条により、右事故による損害の賠償を請求する。

ところで被告千木崎は、郡山市立小原田中学校の用務員で、従つて、同被告は、被告郡山市が雇傭する市の職員であることは、原告らと被告郡山市との間で争いがない事実であるから、被告郡山市は被告千木崎の使用者である。

四  そこで、次に、本件事故は被傭者被告千木崎の過失に因るものであるか否かについて判断する。

〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。

被告千木崎は、原告らの主張する日時場所において自己所有の加害車を運転し、郡山市虎丸町方面から同市開成方面へ向けて時速約三〇キロメートルで県道を西進していたところ、偶々同所を原告啓子(当時四才、昭和三八年一月二一日生)が、年下の子と一緒に県道を越えて友達の家へ遊びに行こうとして、右県道を北から南へ横断し終り振向いたところ、一緒に来た子がまだ横断できず北側に取り残されてしまつたので、再び連れ戻ろうとして、横断を示す合図として右手を挙げながら、数歩道路中央線寄りに車道へ出てきて、一たん立ち止まり、往来に注意した後、小急ぎにさらに北側へ渡ろうとして歩き出したところ、被告千木崎は右立ち止つた原告啓子の姿を約二〇メートル余手前で目認していながら、同女はそのまゝの位置で停止しているものと軽信し、同女は幼稚園児であるから不意に予測しなかつた行動に出る危険が充分あるので、たえずその動静に注視し、不測の行動に出た場合でも、直ちにこれに対応して衝突することがないように減速徐行し、ならびにハンドル操作をし、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然同一の速度でそのまま直進し、同女がチヨコチヨコと中央線寄りに出てきて、自己の前面約七メートルの地点に迫つたのを知つて急制動をかけたが及ばず、自車左前ハンドル附近を原告啓子に接触させ、同女を路上に転倒させたものである。

右認定に反する〔証拠略〕の一部は、その余の前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を左右できる証拠はない。

右認定事実を総合すると、本件事故は被告千木崎の過失によつて生じたものと認定するのが相当である。

五  そこで、右事故が、使用者被告郡山市の事業の執行に付きなされた行為にあたるか否かにつき判断する。

被告千木崎は本件事故当日原告主張の用務のため郡山市互助会総会へ出席し、自己所有の加害車を運転し帰途する途中本件事故を起したものであることは、原告らと被告郡山市との間で争いがない。

被告千木崎の市用務員としての本来の職務内容は、原本の存在ならびに〔証拠略〕「郡山市教育委員会事務局等組織規則」一八条一項及び二項ならびに別表第一の定めるところによると、「上司の命を受け、庁舎又は施設の清掃、書類の送達、その他の労務に従事する」と規定され、従つて被告千木崎が本件事故当日郡山市互助会総会へ出席する行為は、市用務員としての本来の職務の内容には包含されないことは明瞭である。

ところで被告千木崎は被告郡山市の職員であるから、地方公務員法三五条により職務に專念する義務を負い、その職務専念義務の除外は、法律又は条例の特別の定めによるべきものとされている。被告郡山市は当該条例として、「郡山市職員の職務に専念する義務の特例に関する条例」(昭和四〇年五月一日郡山市条例第二〇号)を定めているが、〔証拠略〕によれば、被告千木崎は、本件事故当日労働会館で開かれた郡山市互助会総会へ出席する際、事前に、上司小原田中学校長を通じてその任免権者である郡山市教育委員会宛に右特例に関する条例によるいわゆる義務免の申請をし、同委員会は、その出席が右特例に関する条例二条二号の「厚生に関する計画の実施に参加する場合」に該当するものとして、同日書面で、右中学校長宛に、「被告千木崎が右互助会総会のため、同日午後一時から同五時までの間職務に専念する義務を免除された」旨を通知(丙第三号証)し、(以下この措置を義務免と称する。)その義務免にもとずいて、被告千木崎はその勤務時間中である午後一時頃小原田中学校を出て、互助会総会の開かれた約三キロメートル離れている労働会館へ行き、総代として会議に参加し、右総会は午後四時頃終了したので、同会館外に出て、同僚としばらく打合せをし、午後四時四〇分頃同所から直接自宅へ帰宅すべく、加害車を運転して小原田中学校へ帰校する道順とは全く違つた本件事故の起きた前記県道を西進しつつあつた際、本件衝突事故を起したものである。

なお、互助会は、その性格は、会員の相互共済を目的とし、市の職員が会員となつて自主的に結成した団体であつて、その運営に必要な財源は、会員の会費の外、市の補助金、その他によつているものである。

右認定に反する証拠はない。

六  前項の認定事実を基礎として、考えてみるに、被告千木崎が右互助会総会へ出席参加する行為そのものは、前述のとおり被告千木崎の市用務員としての本来の職務の範囲外にある行為と言うべきであるが、右互助会は、前項で認定したように市職員の相互共済を目的とする団体であつて、被告郡山市が補助金を出して運営されていること、被告千木崎は職員の総代として、右総会へ出席していること、任命権者である同市教育委員会は、被告千木崎の右出席が特例に関する条例の「厚生に関する計画の実施に参加する場合」にあたるとして、特に義務免の措置をとり、被告千木崎の勤務時間中の出席を認めていること、などから推及すると、被告千木崎の右互助会総会への出席自体が被告千木崎の私用と同視さるべき性格のものであるという被告郡山市の主張は採用し難く、被告郡山市の本来の事業と相関連した附随の業務と認定するのが相当である。

従つて、一般的にみれば、市の被用者の右総会への参加は勿論、その参加の前提として、勤務校より開催場所へ至るまでの往路ならびに、総会終了後開催場所より勤務校への復路、の各途次における不法行為は、使用者被告郡山市の「事業ノ施行ニ付キ」と認定するを相当とする。

ただしかし、本件においては、なお仔細に検討すると、被告千木崎は、義務免を午後五時まで与えられているので、その時間を超えれば本来の勤務時間外となること、および、同被告は所属小原田中学校長から互助会総会終了後は帰校せずに直接帰宅してよいと許されていたこと、そこで同被告は総会終了後午後四時四〇分頃開催場所である労働会館を出発し、自宅へ帰る意思で、帰校の方向とは全く別な道順で帰宅しつつあつた途中本件事故を起したこともまた前記認定のとおりであるから、これは全く帰宅中の行為であつて、前述の行為とは、その性格を自ずから異にする。従つてこの帰宅中の不法行為についてまで、被告郡山市の事業の執行に付きなされた行為と解すべきではなく、その他外観上も、通常の通勤途上の事故と格別違つた事情は何ら見出せない。右認定を左右するに足りる証拠はない。してみると、結局、被告千木崎の起した本件事故は、その使用者被告郡山市の事業の執行に付きなされたものとは認め難いから、被告郡山市は、本件事故につき民法七一五条の賠償責任を負わない。

よつて、原告らの被告郡山市に対する各請求は、この点で失当である。

七  次に、被告千木崎に対する関係で、損害の額について考察する。

〔証拠略〕を総合すると、次の諸事実が認められる。

1  傷害の部位、程度ならびに後遺症状について

原告啓子は、本件事故により、頭部外傷、両膝関節打撲の傷害を受け、昭和四二年四月二六日太田綜合病院へ入院、同年五月二一日退院し、その後通院し、脳神経科の投薬治療を受けていること、昭和四二年五月一八日脳波検査をしたところ、同年令の子供と比較して異常所見かみられ、その後一カ月ないし二カ月に一度宛外来で脳波検査を実施してきたが、昭和四五年三月一七日行われた右検査においても、従前の検査と同様な脳波異常が所見され、質的変化がみられず、右異常は現在もそのまま固定していること、右異常は将来てんかんの症状に発展する危険性を包蔵するものであつて、現在抗けいれん剤を与え治療に努めているが顕著な改善はみられないままであること、同原告は現在小学四年生であるが、学業成績からみて、知的能力の格別の低下は窺えないが、性格的には事故前に比較し変化がみられ、感情の起伏が激しくなり落着きがなくなる等の症状が顕われたこと、ならびに以上の後遺症は、その症状、発現の時期及び既往症としては別になかつたこと等から推測し、本件事故に起因するものと言えること。

2  損害額について

(イ)  医療費 金二万六九一〇円

原告啓子は、昭和四五年三月一日以降の医療費を請求している。右医療費は、甲第一六号証ないし同第二九号証の太田綜合病院発行の各領収書の合計金二万六九一〇円については、これを認定できる。(甲第一五号証の領収書は、その支払日は昭和四四年四月二二日であつて請求外であるから、これを除外する。)

なお、甲第三〇号証の漢方薬代金二一〇〇円については、原告啓子の前記傷害の治療のため必要な薬代であるという証明はないから、医療費としてこれを認めることはできない。

(ロ)  付添看護料 金二万二五〇〇円

原告啓子は、当時四才の幼児であつて、前記認定の入院期間二六日間、主として母原告祥子が、そのうち五、六回は祖母嘉納秋子が、それぞれ付添つて看護した事実が認められる。右付添看護に要した費用は、一日金一〇〇〇円の割合を以て相当とするから、二六日分として、原告啓子が請求する金二万二五〇〇円は全額これを認容できる。

(ハ)  諸雑費 金七八〇〇円

原告啓子の入院期間中の諸雑費は、一日金三〇〇円を以て相当とするから、前記入院期間二六日分の諸雑費として、金七八〇〇円を認容する。

(ニ)  交通費 金九三〇五円

原告啓子が入院中、母原告祥子もしくは父原告明雄が、自宅(当時郡山市長者三丁目五番三一号)と、太田綜合病院(郡山市中町五番二五号)との間を、見舞等のため毎日少くとも一往復したこと、退院後昭和四二年五月二六日から同四四年六月二一日まで、原告啓子の脳波検査のため一四回右病院へ通院し、その都度母原告啓子が付添い前記区間を往復したこと、右往復には、いずれもタクシーを利用したもので、かつその利用は原告啓子の年令病状から必要であること、右(往復の料金は金三〇〇円であること、がそれぞれ認められるから、合計四〇回のタクシー往復代金の範囲内である原告啓子の請求額たる金九三〇五円は、全額これを認容できる。

(ホ)  将来の治療に要する医療費 金一〇万円

原告啓子は前記認定にかかる後遺症状がなお現存し、かつ将来てんかん症状を発現する危険性を包蔵し、現在その治療が継続し、将来長期にわたつて通院加療を要すると推認することができ、その将来の通院加療の費用は、担当医師山田敏雄の証言によれば、金一〇万円を要するものと認められるから、将来の医療費として金一〇万円を認容する。

(ヘ)  慰藉料

(Ⅰ) 原告啓子について金二五万円

原告啓子の前記認定の傷害の程度、入院日数、通院加療の期間、回数ならびに後遺症の病状、とくに現在のところ快癒の期待が少く、将来てんかん症状となつて表われる危険性も包蔵していること、等諸般の事情を考慮し、被告千木崎の資産、過失の程度などを勘案すると、本件事故による原告啓子の精神的苦痛に対する慰藉料は、金二五万円をもつて相当と認める。

(Ⅱ) 原告明雄及び同祥子の各慰藉料各自金一〇万円

第三者の不法行為によつて身体を害された者の父母は、そのために被害者が生命を害された場合にも比肩すべき、または右場合に比して著るしく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたときにかぎり、自己の権利として慰藉料を請求できるものと解するを相当とするところ、本件についてみるに、原告啓子の治療を継続して担当してきた証人山田敏雄の証言によると、原告啓子の脳波は、てんかん患者の脳波と同型であつて、長期間治療薬を投与しつつ多数回にわたつて脳波検査をしたが、なお質的な改善がみられず、将来てんかんの症状が表われる可能性が高いことが認められる。もつとも右証言によつても、なお発現の確率、発現するとみられる症状の内容、病状の進行の有無、その病状が同原告の将来の社会生活に及ぼす支障の程度などの点にわたつては、詳細な供述はなされていないが、しかし、本件事故から五年余りも経て、病症が改善されず、日常生活に事故前にはなかつた頭痛を訴え、性格の変化を感じた両親である原告明雄同祥子は、その障害が外傷による脳の精神作用の異常によること明らかな以上、重大な外傷等の後遺症にも劣らず、原告啓子の将来の病症の進展をあれこれと思いあぐんで懊悩することは、このような幼児を持つ肉親にとつて当然であつて、その苦痛の程度も、生命が害された場合に比して著るしく劣らない程度とみなしたとて、あながち過言とは言えない。

従つて、原告明雄、同祥子は、それぞれ自己の権利として被告千木崎に対し、その受けた右精神的苦痛に対する慰藉料請求権を有し、その慰藉料の額は、前記認定の諸事実に諸般の事情を考慮すると、各自金一〇万円を以てそれぞれの右精神的苦痛は一応慰藉されるものと認めるを相当とする。

八  結局、原告啓子は被告千木崎に対し、合計金四一万六五一五円の損害賠償請求権を有することは、これを認めることができるが、右額を超える損害はこれを認めることができない。

また、原告明雄、同祥子は名自被告千木崎に対し、金一〇万円の慰藉料請求権を有するものと認めることができる。

九  そこで、被告千木崎の主張する抗弁について判断する。

まず、原告啓子と被告千木崎との間で、和解が成立したとの抗弁について考えるに、〔証拠略〕を総合すると、原告明雄は本件事故の損害賠償について、被告千木崎と数回話し合つたが、具体的な内容の合意が出来なかつたので、昭和四五年三月一日原告明雄は被告千木崎に対して、原告側として応ずることができる和解の条件を被告千木崎に示した。その条件は、慰藉料として、仮払金として当時既に受領した金一〇万円の外に金三万円を被告千木崎が昭和四五年三月三一日までに支払うこと、将来後遺症のため手術を要した場合の手術料、入院費治療費は被告千木崎がその七割を、原告側が残額三割を各負担すること、ならびに右条件は即決和解調書の形式をとつて作成すること、というもので、その内容を書いたメモ書〔証拠略〕を作つて、被告千木崎に提示し、この案に対する最終の返答を求めた。しかし同被告は右案に対して応諾の意思を明確にせず、かつ、即決和解手続に協力する態度も示さなかつたし、原告明雄は同被告の将来の負担に対する資力の点にも疑問を持たないではなかつたので、さらに同月一九日再び配達証明郵便〔証拠略〕で強硬に同月二九日までに前記案の諾否の回答を求め、その中で、同被告の従前の態度を誠意がないとなじる趣旨の文書を送つたので、被告千木崎も態度を硬化し、同月二五日付で「原告らが今回要求する金額には全く応じられない。」旨返答し、以後いわゆる喧嘩別れのような状態となり、同年四月二四日原告らは本件損害賠償請求訴訟を提起するに至つた事実を認めることができる。右認定に反する被告千木崎直司本人尋問の結果の一部は前掲各証拠に照らして信用できず、他に右認定を左右することのできる証拠はない。以上認定の事実によれば、被告千木崎が主張する和解契約が成立したとは認められないから、同被告の右抗弁は採用できない。

一〇  そこで、最後に、過失相殺について判断する。

被告千木崎の原告啓子にも本件事故を起すにつき寄与した過失があり、その過失相殺をすべきであるとの主張について考えるに、原告啓子は昭和三八年一月二一日生の幼児であつて、本件事故当時僅かに満四才二カ月余に過ぎなかつたことが明らかであるから、同原告が本件事故当時責任能力を有していたとは認められない。そこで、右責任能力の存在を前提とする過失相殺の主張は、その点で採用できないと言うべきである。

次に、同被告の原告啓子の親権者母原告祥子についての過失につき、過失相殺を求める主張について考えるに、〔証拠略〕を総合すると、本件事故の起きた県道は、通称さくら通りと言う郡山市内の最も繁華街で各種車両の往来の最も頻繁な所から同一県道を西へ僅か数百メートル隔つた地点で、昼夜常時交通量の烈しい道路であるが、原告啓子は幼稚園から帰つて、自宅前庭でしばらく遊んだ後、午後三時頃おやつを食べ再び前庭で遊んでいたので、母原告祥子は仕事をはじめ一時注意がそれ、原告啓子の声が聞えなくなつたのを気付きながら、そのまゝ仕事を続けていたので、その間に、同原告が家を出て右県道を南側へ渡り越えた先にある友達の家へ遊びに行くため、右道路へ出て、横断歩道の表示もなく、交通整理の行われていない本件事故現場を一たん渡り切り、さらに二、三メートル後戻りした際本件事故が発生したものである事実を認めることができる。

右認定の諸事実に、前記四項で認定した本件事故の態様を併せ考えると、当時の原告啓子のごとく満四才余の責任能力のない幼児に対しては、母親がいかに注意を言い聴かせても、いざという場合に期待したような判断と行動がとれないのが実情であるから、母親はたえず幼児の行動に注視し、前記のような繁華で交通の危険の多い場所への独り歩きをさせないようたえず監督を怠つてはならない義務がある。(道路交通法一四条三項参照)本件においては、母原告祥子が、原告啓子を自分の目の届く前庭で遊ばせて監視していたならば、本件事故の発生はなかつたという点に、原告祥子の右監督義務の懈怠と本件事故とは因果関係があると言える。その本件事故に寄与した場合は、前記認定の被告千木崎の過失の程度と比較考量すると、三割とみるのが相当である。右過失相殺は、原告祥子の損害賠償額から控除すべきであるので、同原告の被告千木崎に対する慰藉料金一〇万円から控除すると、同原告の慰藉料請求権は結局金七万円の範囲において認容さるべきものとなる。

一一  ところで、原告啓子は本件事故による自賠責保険の仮払金として、金二〇万円を既に受領していることは、同原告と被告千木崎との間で争いがない。そこで、右金員は八項で認定した同原告の損害賠償の一部に填補されたことになるから、右金額を控除すると残額は金二一万六五一五円となる。

一二  そこで、最後に弁護士費用につき考えるに、本訴における原告啓子の被告千木崎に対する請求額、および前記認容額、本件訴訟における原告啓子の弁護人の訴訟活動その他諸般の事情を考慮すると、弁護士に対する報酬等として金三万円が相当であると言うべく、右金額の範囲内においては、被告千木崎の本件不法行為と相当因果関係ありと言えるから、同被告は弁護費用として、右金額を賠償すべきであるところ、〔証拠略〕によれば、原告啓子は未成年であるので、父原告明雄が原告啓子らおよび自己のために、福島弁護士会所属弁護士佐藤智彦らに対し訴訟委任をし、着手金五万円を支払つている事実を認めることができる。右出捐は、本件事故と相当因果関係ありと認めることができた金三万円の範囲内では、原告明雄についても、被告千木崎の本件不法行為と相当因果関係にある損害といえるから、同被告は原告明雄に対して弁護士費用として金三万円の損害賠償をなすべき義務がある。

一三  以上認定のとおりであるから、被告千木崎は、本件不法行為にもとづき、原告啓子に対し金二一万六五一五円、原告明雄に対し金一三万円、原告祥子に対し金七万円、ならびにこれに対する右各損害賠償請求権がいずれも遅滞となつた後であること明らかな本件訴状が被告千木崎に送達された日の翌日である昭和四五年四月三〇日から、右各金員をそれぞれ支払ずみにいたるまで、当該原告に対し、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるので、原告らの被告千木崎に対する各請求は右金額の範囲内では理由があるからこれを認容するが、右額を超える同被告に対する金員請求部分、ならびに被告郡山市に対する各請求は、いずれも理由が認められないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条、本文九三条を、仮執行宣言についてはそれぞれ同法一九六条一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 林田益太郎)

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